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画像:中村紘子

中村紘子


プロフィール

中村紘子
Hiroko Nakamura

 3歳で、桐朋学園音楽科の前身となった『子供の為の音楽教室』第一回生として井口愛子氏に師事。
10歳から、レオニード・コハンスキー氏に学ぶ。早くから天才少女として名高く、全日本学生音楽コンクールの小学生部門、中学生部門と優勝を重ねたのち、慶応義塾中等部3年在学中に、第28回音楽コンクールにおいて史上最年少で第1位特賞を受賞。
ただちに翌年、NHK交響楽団初の世界一周公演のソリストに抜擢され華やかにデビューした。
その後、ジュリアード音楽院で日本人初の全額奨学金を獲得、ロジーナ・レヴィン女史に師事。
第7回ショパン・コンクールで日本人初の入賞と併せて最年少者賞を受賞。
以後今日に至るまでの47年間、中村紘子の名は日本のピアニストの代名詞となり、その演奏は国内外3500回を越える演奏会を通じて聴衆を魅了し続けている。
その演奏ぶりについては既に余りにも多くが語られているが、20世紀最高の批評家の一人とされるハロルド・ショーンバーグは、そのピアニストに関する代表的な名著『偉大なピアニストたち』(「The Great Pianists」Random House 1987)の中で東洋人ピアニストとしてただ一人中村紘子の名を挙げ、その特色を「絢爛たる技巧」と「溢れる情感」そして特に「ロマンティックな音楽への親和力(affinity)」にあると評している。
事実、彼女の繊細なリリシズムと激情のダイナミズムを兼ね備えた天性をもし「ロマンティック」と形容するなら、その一種デモーニッシュなまでの「親和力」こそ、聴き手の魂をかくも惹きつける中村紘子の魅力の秘密であろう。

 演奏会に加えてレコーディングも活発で、1968年ソニー・レコードの専属第1号アーティストになって以来出版した40点以上の録音は、クラシックとしてはすべて桁外れの売れ行きを示している。
またチャイコフスキー・コンクール、ショパン・コンクールをはじめ、数多くの国際コンクールの審査員も歴任し、その体験に基づく最初の著書『チャイコフスキー・コンクール』(中央公論新社刊)は、文明論としても高く評価され第20回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
続く第2作『ピアニストという蛮族がいる』(文藝春秋刊)も文藝春秋読者賞を受けるなど、「文武両道」のスーパーレデイぶりは名高い。

 近年は、浜松国際ピアノコンクール審査委員長、浜松国際アカデミー音楽監督、「彩の国さいたま芸術劇場」の「ピアニスト100」の音楽監督として、広く国内外の若手ピアニストの育成や紹介に努めるとともに、ショパン、チャイコフスキー、ロン・ティボー、リーズ、ダブリン、ブゾーニ、シドニー、パロマ・オシア、北京、上海など各国際コンクールの審査も数え切れない。
また、「難民を助ける会」や日本赤十字などを通じてのヴォランティア活動にも積極的な役割を果たし、日本における「対人地雷廃絶」運動ではその先頭に立った。
アルトゥール・ルービンシュタイン・ゴールドメダル、ポーランド共和国コマンダリー勲章など、ピアニストとしての国際的受賞も多く、その国際的活躍に対して外務大臣表彰を、また長年の放送文化への貢献に対しNHK放送文化賞を、更に2005年にはエクソンモービル音楽賞を受賞。
  2003年、<NHK人間講座>で講演した『国際コンクールの光と影』は、国際ピアノコンクールの歴史と現在を語るだけでなく、21世紀の「豊かな社会」「情報化社会」におけるクラシック音楽の未来を洞察した文明論として好評を博し、この講座をもとにした新著『コンクールでお会いしましょう-名演に飽きた時代の原点-』(中央公論新社刊)も話題作となった。
また、エイベックス(avex-CLASSICS)と新たな専属契約を結び、第一弾CDを発売。

 2005年には、ルービンシュタイン、およびショパン国際ピアノコンクールに副審査委員長として、クリーヴランド国際ピアノコンクールに審査員として参加。
2006年11月に第6回浜松国際ピアノコンクールの審査員長を務める。2007年は、1月に東京交響楽団と28年連続29回目を迎えるニューイヤーコンサートに出演するのを皮切りに、意欲的な活動が予定されている。




(オフィシャルウェブサイトより・2006年11月現在)


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