プロフィール
林 英哲
(はやし えいてつ)
太鼓奏者
広島県出身
独特の集団生活とマラソン訓練を特徴とし、演奏集団として独自の音楽スタイルを構築していった「佐渡國・鬼太鼓座(さどのくに・おんでこざ)」の結成に参加。その中で、林英哲は、その音楽的創造の中核を担い、主なレパートリー曲を作曲、編曲し、いままでにない個性的な組太鼓の演奏スタイルやステージングを創造した。また、ステージ・パフォーマンスにおいてもトップ・プレイヤーとして活躍した。
1982年 太鼓独奏者として活動を開始。
1984年 オーケストラ曲「交響的変容」(水野修孝作曲)で、ソリストととし初めてカーネギー・ホールにデビュー。現代音楽の分野でも前例のない和太鼓ソリストとして国際的に高い評価を得た。以後、太鼓において、かつての日本の伝統にはないテクニックと体力を要する大太鼓のソロ奏法の創造、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など、まったく新しい様式を伴った音楽的な試みをつぎつぎと行い、パイオニアとして多彩なコンサート活動を国の内外で展開。海外でもヨーロッパ、アメリカはもとより、南米、アフリカ、オーストラリア、東南アジアなど世界各地の公演で好評を博している。
また、ジャズ、ロック、各国の民俗音楽との共演や、ダンス、舞踏、アート・パフオーマンスとのコラボレーションなど、ジャンルを超えた世界のアーティストとも意欲的に交流。世界に向けて日本から発信する新しい音楽としての太鼓の創造に取り組んでいる。
97 年以降、韓国、中国などアジアのミュージシャンとのコラボレーションや「英哲風雲の会(英哲自身が全国の若手太鼓打ちより選抜して結成したグループ)」との共演、津軽三味線、尺八、「英哲風雲の会」の若手太鼓打ちをメンバーとする英哲グループによる全国コンサートツアー(98年「万零」、99~00年「若冲の翼」、2000~01年「光を蒔く人」、01~02「澪の蓮」)を毎年展開中。またライフワークであるソロコンサートも「ワールド・ソロコンサートシリーズ」として、世界の音場環境の素晴らしいコンサートホール(98年モスクワ・チャイコフスキー記念ホール、99年東京・サントリーホール、2000年ベルリン・フィルハーモニー室内楽ホール、2001年大阪・シンフォニーホール)を舞台に実施している。演奏活動30周年を記念して、2001年9月には世界遺産である広島、国宝厳島神社能舞台においても奉納のソロコンサートを行った。また、ソロ活動20周年にあたる2002年の秋には初の本格的な全米ツアーを実施した。
近年では国内各地のイベント等でプロデューサーとしての仕事や映画、演劇、CM、創作太鼓のための委嘱作品などの作曲、指導も多数。エッセイ等の執筆も多く、著書に「あしたの太鼓打ちへ」などがある。
こうしたこれまでの多彩な演奏・創作活動が評価され、97年には第47回芸術選奨文部大臣賞、2001年春には第8回日本文化藝術振興賞を受賞。2000 年春より国立三重大学の客員教授、また、'02年10月より広島県立女子大学の客員教授も務める。
(オフィシャルウェブサイトより・2006年7月現在)

