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画像:Johnny Panic

Johnny Panic


プロフィール

『バンド結成前夜』

最初の出会いは1997年、サウス・ロンドン。 フロントマンのロブは姉の影響でThe Jamを知り、その後Buzzcocks 、Sex Pistols 、The Clashに傾倒していった。そしてある日、地元サウスロンドンにある町Sidcupで、ドラムのジョニーと運命的な出会いを果たす。

(ロブ)
「バスの中で、Depeche ModeのTシャツを着ているジョニーを見つけて、駆け寄って話し掛けたんだ。話してみて、ドラムは彼しかいない!そう思ったんだ」

(ジョニー)
「自分で楽器を始める前からいろんなバンドのライヴを観に行ったけど、どのバンドにも満足できなかった。自分の方が絶対うまくやれると信じてたんだ」

こうして偶然同じバスに乗り合わせた2人は意気投合しバンドを結成。間もなくして地元で評判のベーシスト、ナッシュ・フランシスがバンドに加入する。

バンド名は、ピュリッツァー賞受賞した女流詩人、シルヴィア・プラス作の小説「Johnny Panic and the Bible of Dreams(ジョニー・パニックと夢の聖書)」から取った。そして、社会に向けたメッセージ性の強い歌詞を、なじみやすいメロディーに乗せることを意識した曲作りを開始する。

(ロブ)
「ほとんどのロックバンドは、大切なことを見失っている。僕らは問うことをあえて拒む社会で生きているけど、そこに立ち向かっていくことこそがロックンロールの原点。僕らの主張を強引に通すつもりはないけど、Johnny Panicの全ての曲には、社会への僕らなりの疑問を交差させるようにしているんだ」

『4人編成のJohnny Panicの誕生』

2002年、バンドはギタリストを探し続けていた。 ある晩3人は地元Sidcupの街で、Gun'n'Rosesに影響を受けたという現ギターのマット・ジェームズと出会い、後日セッションすることに。当時マットはというと、将来に希望を持てないバンドに所属。そのことに嫌気がさしていた。

(ジョニー)
「何回かオーディションをして、数人のギタリストともセッションを試したけど、マットのギターとの出合いは衝撃的で、自分たちが求める音にがっちりとはまったんだ」

(マット)
「たくさんのバンドで演奏してきたけど、ハングリーさのあるバンドは皆無だった。ロブがJohnny Panicに誘ってくれた時、"世界一ビッグなバンドのメンバーにならないか?"って聞いてきたんだ。断る理由なんてなかったよ」

こうして、現在のJohnny Panicが誕生。 2004年には、記念すべきデビューシングル『Burn Your Youth』をリリース。続くシングル『Chemical Girlfriend』は、Kerrang !誌のシングル・オブ・ザ・ウィークに、『You’re A Fool』はXFMラジオのシングル・オブ・ザ・ウィークに選ばれる。そして2005年4月にリリースした『Minority Of One』は、各ラジオ局、音楽誌などのメディアから絶賛され、チャート上位へ。

そして5月、ファーストアルバム『The Violent Dazzling』をリリース。この作品は、ヘイスティングスにあるParkgate Studioにて、Stereophonics、Pixies、P!NKなどのプロデューサーとして知られるAl Clay氏とともに、わずか11日でレコーディングされた。


(オフィシャルウェブサイトより・2006年7月現在)


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